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ゆっくりと穏やかに意識は浮上し、瞼の奥に柔らかな暖かさを感じる。
遠く太陽は昇り、全ての世界に等しく光を与え、そして包む。
しばらく意識の赴くままに微酔むと、朝の静謐な空気が周囲を満たしているのが感じられた。

こんなにも、…こんなにも、穏やかにただ朝を迎えられるということが、これ程幸せなことだったと、
世界に自分を明け渡し、傷つき、穢れ、磨耗し、堕ちた身となって後に気付く。
それがどれほど幸福なことなのか。
世界は、どれほど全てに絶望しようとも、日は又昇り、朝は訪れ、たくさんの綺麗なもので満ち溢れている。


瞼に感じる優しい熱に、うっすらと目を開ける。


英霊となった身で、まさかこんなにも清々しい朝が迎えられる日が来るとは。
予想もしなかった己の結末に、僅かに口元が上がる。
たまにはこのような目覚めもいいだろうと、囀り始めた鳥の姦しい鳴き声を機に意識を切り替える。
クリアになった思考と視界に、今日も洗濯物が良く乾きそうな天気になるなぁと思う。
まだ暖かさの残る布団にあっさり見切りをつけると、立ち上がり手早くそれらを畳む。
外界を遮断している襖を開け放つと、途端流れ込む冷涼な風と強烈な朝の光。
己のマスターの意向により現界している身とはいえ、やはり肌で温度を感じる感触は好ましいといえる。

…ただそのせいで、こんな場所に間取りしなければいけない状況になるのは正直腑に落ちないと言えば腑に落ちない。


現在己が寝起している場所、よくこんな古めかしい武家屋敷が現存しているものだと半ば感心するくらいの建築物、衛宮邸。


その一室を、マスターのお願い(と、書いて脅迫と読む)により借り受けている。
いっそ令呪で縛り付けてくれればこんなにも不快感を感じなくて済むのだろうに…。
朝の綺麗な空気で洗浄された思考は、衛宮邸にて生活しているという一点を意識するだけで途端黒く塗りつぶされる。
なんだろうこれ苛め?と、最初は精神に強烈に訴えかける新手の修行かとも思ったが、最近ではそれも諦めの境地。
人生諦めたもん勝ちさ、と磨耗して人間辞めた自分のスローガンをふと思い出す。

…折角爽やかな目覚めだと言うのに、自虐的過ぎる己の思考にくしゃりと前髪を崩す。
こんなところで泥沼のような思考にふけるよりも、台所に立って朝食を作ることにしよう。
そちらの方がよっぽど建設的だ。
昨日衛宮の小僧は朝は俺が作ると息巻いていたが、知ったことか。
所詮この世は弱肉強食。
弱いものは死に、強いものが生き残る。
己の工房だとて気を抜くほうが悪いのだ。

よし、朝食を作ろう。

その考えに少しだけ機嫌が浮上する。
食材は昨日の夕食でほとんど使い果たしてしまったが、衛宮士郎が買い置きしてあるものがあったはずだ。
どうせあれも食べるわけだし、今更朝餉に使用したところで問題なかろう。
ふむふむと自分的解釈により納得して立ち上がる。


お前のものは俺のもの 俺のものは俺のもの


どこかで聞いた覚えのあるフレーズを思い出したが、あえてスルーする。
台所へ行きかけて、ふと目にかかる前髪に気付く。

――――その前に、その前に身嗜みを整えなければな。

陽光に反射して白銀に照る髪の毛に、ざっと軽く手櫛を通す。
櫛で梳る必要も無い身の上だが、形式は大事である。

―――と。

「…ん?」

妙な、感触があった。

本来硬い髪の毛に覆われた頭には、およそ似つかわしくない感触が。

ふに むに 

「……」

むに むに 

滑らかな、ビロウドのような手触り。
急激な違和感が全身を覆う。

これは なんだ…?

恐る恐る、部屋に備え付けてあった姿見にゆっくりと近付く。

ダメだ それを見るな 

頭の後ろで赤いランプが点滅する。

これはダメだ。今すぐ思考を遮断しろ。

じりじりと鏡に歩を進める。

その間もずっと警鐘は鳴り響く。 がんがんと痛み始めた頭の中で、だた視界と思考だけはどこまでも冷たく冴える。


見るな 見るな 見るな 見るな 見るな


警告音と強制終了の通達を無理やり遮断する。
そうして辿りついた、部屋の中でひたすらに異彩を放つその姿見にゆっくりと指をかけると。







「―――――――――っっっ!!!???」







ざわりと異質を感じて飛び立った小鳥。
囀りが途絶えた庭は、一瞬にしてその色を変える。


辛うじて飲み込んだなんじゃこりゃぁという叫びを嚥下し、その事だけでも自分を褒めてやりたいと思った。
頭を押さえ込み、今自分のやるべきことを早急に弾き出す。
思考の処理能力が追いつかない。しかし無理やりにでも処理速度を上げる。
エラーが起ころうが知ったことではない。

ともかく一刻も早くここから離れなければ…!!

己の出した結論と検索の結果、ある人物が脳裏に浮かび上がり。







そうして、投影した帽子と裾の長い上着を纏った赤い弓兵は、朝焼けの中に姿を消した。












イロモノ小説見切り発車。
お前たち、突っ込みの貯蔵は十分かっ!?

石礫はヤメテヤメテ打ち所が悪いと死んじゃうから。
我ながら大層頭の痛いタイトルだなぁと痛感しつつ、もういいよメンドーだしって、投げっぱなしですか私っ!?
しばらく可哀想な子にお付き合いお願いいたします…。





 

 

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