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コトコトと、液体が煮える音が朝の食卓に彩りを添える。
窓から入る陽光はうっすらと虹を描き、卓に生けられた生花をより艶やかに魅せる。
じゅうと食材が焼ける音は食欲をそそり、鼻腔に届く香りは香ばしい卵焼き。

見目にも鮮やかな黄色は、それだけで見る者の心を鷲掴みにする。、
常であればこのような光景、獲物を狙う野生動物のような鋭い視線で誰かが虎視眈々とおかずを狙っているのだが。
生憎、朝の貴重なエネルギー源を横から攫うような輩は、いまだその気配を現してはいない。

そうした穏やかな空気の中で、安心したように少年は笑む。
鍋の様子を見ながら、この邸の家主である少年はじっくりと本日の献立を立てていた。
薄く色がつくかつかないかのギリギリのラインで引き上げた出汁に、今日の味噌汁は白味噌でもいいかなぁと思いつく。
でも折角いい味噌だし、夕餉用として活用した方が京都の限定白味噌(マジ美味い)も喜ぶだろうなぁ。
やはり定番の葱豆腐かなぁ。でも玉ねぎが余ってるし、じゃが芋と揚げにしてこってり風味にするか。
ああでも鮭もあるし、朝からあんまり重たいものは…、まぁ大丈夫か。
今更この家の住人で、朝から重いものはちょっとというような繊細な胃を持つ者はいまい。
むしろ肉?カモーン!!というような奴ばっかだし。
ほうれん草のお浸しを手早く作りながら、着々と献立のメニューを消化していく。
メインをどうしようかと考え出したところで、パタパタと可愛らしい足音が聞こえてきた。

「おはようございます先輩!!…ああまた先輩に作らせてしまって。本当にごめんなさい」

慌ててやってきたのだろう。まっすぐな花色の髪が、ところどころ毛先がハネている。

「おはよう桜。俺が好きでやってることなんだから、謝ることはないさ」

そう声をかけるが、桜は本当に申し訳なさそうにエプロンを握り締める。
でも、むしろ朝のこの一時が唯一の安らぎ空間。
栄養バランスを考え、無心に食材を刻み、美味しそうに食事する人を見るのが好きなのだ。
そこにはなんの打算も策略も陰謀もない。多少おかずの取り合いで血を見るかもしれないが、概ね平和的な光景だ。
日々の赤いあくまの悪意や青い騎士王への牽制、虎の躾や花色のドス黒い嫉妬から開放される数少ない憩いの時間なのである。
だが、最近この家の食事は当番制だと決められ、しかも隙を見せるとその当番ですら無視され、あの赤い弓兵に先を越される始末。
何その弱肉強食。
料理するのに喰うか喰われるかの緊張感を感じたのは俺が初めてじゃないだろうか。
そもそもなんのための当番制だ。
だが面と向かって料理をさせろというのもアレなんで、今のところ泣き寝入りの状態である。
全く腹立たしい限りである。
あのフィッシュ野郎。
大人しく、港で鯛でも釣ってろ。そしてそれを俺に献上すればいい

「先輩?」

「あ?ああどうかしたか桜?」

「いえ、なんだか難しい顔をされてたので…。メインで悩んでいるんですか?」

「…まぁね。昨日のごく僅かな余りものを活用しようか、弁当用に残しておこうか。

ああくそ昨夜アーチャーの野郎がこれでもかっつーくらい食材使ったからなぁ…。人んちの冷蔵庫把握してんなよなぁ」

ぼやき、また怒りがぶり返す。

「でも、アーチャーさんはきちんと食費納めてますし、食材も使ったらちゃんと補充されてますよ?」

「変なとこ律儀だよな、アイツ」

桜のアーチャーさんは、の”は”の部分にこの上もなくドス黒いものを感じたが、あえてスルーする。
食費納めるにはまず稼がなきゃいけないからなぁ。

そういった行為に程遠い者が2名、現在この家の屋根の下で今もぬくぬく布団に包まっているわけだが。

「そういえば、アーチャーさんまだ寝てるんでしょうか?」

桜が受け取った包丁を握りながらぽつりと呟く。

「てっきり今朝もまた先輩から朝食の用意を取り上げてると思いました」

「……取り上げてるって、あのな、玩具取り上げてる子供じゃないんだから」

言いつつあながち間違ってもないと思う自分が嫌だ。

「…人がちょっと遅れたくらいでにこやかに台所から締め出す奴だしな」

『2分30秒の遅刻だ衛宮士郎。ここでは時間を厳守できない奴は極刑に処せられる。その辺りを覚悟し、もう一度己の所業について悔い改めるがいい』

「どこ世界に朝食の準備するだけで極刑にされる人間がいるんだよ。ここはアレか、囚人を収監してる独房かなんかか」

「2分30秒って、一体どこから計ってたのか気になりますよね」

くすくすと、桜が気持ち黒っぽく微笑んでいる。

「ま、まぁ、アイツがいない朝なんてこの上もなく清々しくて静かで良いな。やりたいように出来るって素晴らしい」

「…でも珍しいですよね、この時間までアーチャーさんが寝てるなんて。今まで誰よりも早く起きていたのに」

「…確かにな。いっつも最初に起きて最後に寝るような奴だし」

「具合でも悪いんでしょうか…?」

「英霊って風邪とかひくのか?…ああでもパスからほとんど魔力は受け取ってないって遠坂が言ってたような…」

言いながら不安になったのだろうか。桜がそわそわと離れの和室を気にする。

「大丈夫だよ桜。別に死ぬわけじゃないんだし」

「そうですけど、なんだか…」

薄い色の瞳が、何故か不安定に揺れる。

「用意が出来たら俺が呼びにいくよ。本当に具合が悪かったりしたら、流石に寝覚めが悪いし」

安心させるように微笑むと、桜も少しだけ表情を和らげた。

「さて、とりあえずは朝食の準備だな。これが終わらないことには何も出来ないし」

「はい、そうですね」

意識を入れ替えてまな板に向かう。
桜とメインについてどうするか話そうと向き合ったところで、衛宮家においてもっとも人口率の高くなる居間の襖が勢い良く開いた。

スパーン!!

「ああっ!!襖は静かに開けろ!!痛むから!!って、…遠坂?」

「姉さん?」

朝食の準備中に遠坂が起きてくることはほとんどない。

何故か。

ギリギリまで睡眠を貪っているからである。
なので今この現象が一種の怪奇現象に思えてきてしまうのは仕方のないことである。
桜も同様らしく、困ったような不安そうな顔をしている。

「…おはよう遠坂。珍しいなお前がこの時間から起きてくるなんて。どうかしたのか?」

「姉さん、顔色が優れないようですけど、具合でも悪いんですか?」

恐る恐ると言った感じで、襖付近に立ち尽くす遠坂に近付く。
だが当の本人は微動だにせず、何やらぶつぶつと呟いている。

怖い、怖いぞ遠坂…。

「……が、する」

「は?」

「え?」

俯いたままの遠坂の口から、何やら不吉な言葉が零れる。
俺の聞き違いでなければ、今のは。


「嫌な予感が、する」


くわっという効果音が最も似合いそうな表情で、遠坂の翡翠みたいな瞳が瞬いた。


そして。


その言葉に呼応するように。







「なんじゃこりゃ―――――――――――――っ!!???」







離れで大きな力の奔流を唐突に感じた。

















桜と士郎の朝の風景。
穏やかなはずなのに、そこはかとなく漂うバイオレンス感はこれから始まる狂乱の宴の前ふりです。嘘です。
BGMは例のアレでお願いします。
2話までで確実なのは、とりあえずエミヤーズは不幸だよねってとこか。
可哀想に(お前他人事か)











 

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