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びりびりと、屋敷全体が獣の咆哮を受けて激しく振動する。
なんとなく光の出所を察して、深いため息が漏れる。
あ〜、まだ修復可能なくらいの壊れ方だったらいいんだけど…。
全壊は流石にキツイかなぁ。でも半壊なんて中途半端なことするんだったらいっそ潔く塵も残らなければいいよ。
図面を起こし、注意箇所に留意しておく。
どーせ直すの自分だし。
投影万歳。
そんなやさぐれた俺の心情を表すかのように、咆哮は段々と小さくなり、途切れた。
百獣の王の雄叫びのような、憐れな娘の悲鳴のような。
そんな判別の難しい叫びに、遠坂がまるで預言者のように呟く。

「…来る!!」


何がさ?


ある程度理解しながらも、その先の結果を知るのを正直な俺の思考は断固拒否する。
このまま強制終了できたら楽なのに。

ずだだだだだだだだっと板間を力強く踏みしめる音と共に先程より遥かに鋭く襖が叩き開かれた。


ずばん かん づしゃ


だから襖はもっと静かに開けないと痛むから。
皆衛宮邸の備品は大事に使おうね。
いくら俺が後で直すからって、一度壊れたものは、二度と同じようは直らないんだからね?
物の大切さについて(投影を使う俺に言われたくないかもしれないが)小一時間ほど説教してやりたいと思う。

そうして正座で説教大会筆頭に名を挙げる少女、セイバーに冷静に声をかけた。

「おはようセイバー。今日は又一段と激しい起き方だな。今度ちょっと道場のほうで物の大切さについて朝まで討論でもしようか?」

がたがたぶるぶるとまるで愛玩動物のように頭を押さえ小さくなるセイバーに、心底不思議そうに問いかける。

「?どうしたセイバー。寝ぼけて頭でもぶつけたのか?」

静かな湖畔のような瞳が、今は大きな波が湧き起こって今にも決壊しそうだ。
常になく怯え、恐慌状態のセイバーに、ここにきて事の重大さを認識する。

「セイバー?」

「セイバーさん?」

桜が、怯え迷うセイバーにゆっくりと怖がらせないように近付く。
頭を抱え込んだ手を優しく外そうとするが、それすらも恐怖の対象にしかならず近付く端から離れてゆく。

「セイバーさん、大丈夫、何も怖いことなんかありませんよ?」

殊更優しく諭すように桜は微笑むが、何故そのセリフに背筋を駆け上るものが悪寒なのだろう?

桜の丁寧語ってたまに無意味に恐怖を煽るよなぁと幾分失礼なことを考えながら、同じようにしゃがみ込んでセイバーと視線を合わせる。

「セイバーどうした?怖い夢でも見たのか?」

柔らかな金糸の頭に手を翳すと、ほろりと、心底痛ましそうに桜が目頭をそっと手で押さえた。

「…セイバーさんって、先輩にとってはそーゆー扱いなんですね」

「?」



「…セイバー」


ゆらりと、今まで存在を故意に消していた遠坂が、ここにきてまたその禍々しい存在感を主張し始めた。

「何があったの?」

その声音は、まるで神託を預かる巫女のように厳かでもあったし、楽しい玩具を見つけた悪魔のように悦楽に満ちたものでもあった。

どっちにしろ、この時点でセイバーは遠坂の玩具(暇潰し)と認識されたわけだ。
自分のサーヴァントの事ながら、もはや合掌するしかあるまい。

あれに捕捉された段階で、俺も一蓮托生だよ、セイバー…。

ぐっと拳を握り締め、これから始まるであろう騒動に覚悟を決める。
まぁ、慣れって嫌だよなぁと言うことで。

若干諦めまで達する時間が短くなって、末は世界の守護者だろうかと磨耗する気配すら濃厚に漂う今日この頃。
こいつらのおかげで俺はアイツと同じ道を歩まないはずなのに、こいつらの所為で磨耗するのってそれどんな皮肉?
それはともかく尋常ならざる状態のセイバーに、ここですべき事と決意を固める。

「セイバー。ほら、困ってんなら俺たちも一緒に考えるから。一人で悩むんじゃないぞ?」

ぐりぐりと、載せられたままの手の上から頭を撫でる。
「…シ、シロォ……」

途端瞳にいっぱいの温かい水を湛え、ゆらゆらと泉が揺らぐ。

「シロウ、シロウ、わた、わたしは…っ」

「うん?」

「わたしの行いが、こ、このような、…かたちで」

「行い?」

「動物は、好きです。…触れれば高貴な毛皮と確かな温かさを持ち、こちらの親愛にちゃんと応えてくれる。でも、好きですが、私は決して…!!」

「ごめん、えぇと話が全く見えないんだけど、セイバー?動物って…」

「相変わらず察しが悪いわねぇ衛宮くん。こんなものは百聞は一見にしかず、よ。てい」

遠坂の情け容赦のない気合の声と共に、無情にもセイバーの腕が外される。

手を外されると言うことは、当然そこに隠れていたものがこちらの目に露になると言うわけで…。


「あぁぁぁ〜〜りりりりりりりりりりりりりりり凛っ!?なんということを…!?」


「――――――」


押さえつけられた両腕に、セイバーが恐慌状態に陥る。
英霊なんだから、遠坂の腕くらい簡単に外せるだろう。
それをしないのはパニックになっているからか、そこまで考えが及ばないのか。
かく言う自分も、そう突っ込めばいいのに、それを出来ないでいる。
何故か?

簡単だ、俺も十分パニックに陥っていたからである。

隠されたセイバーの頭から見え隠れしているもの。
それはどこをどう間違っても、嘘吐きには見えるとか言われても、

――――――所謂耳と呼ばれる部分であった。

しかし耳と言っても人間の耳ではない。

別称を”獣耳”ともいう。

あの大きいお兄さん達が常日頃萌〜萌〜と口走っている例のアレのことだ。


―――って、え、何、耳?


袴やセーラー服のオプションとして付ければ倍率ドン、更に破壊力は3乗とまで言われる究極破壊兵器、獣耳である。
キャスターのエルフ耳なんてレベルではない。
ケモノの、耳、である。
セイバー、いつの間にそんなレアオプションを…!?

「セっ、セっ、セっ、け、け、み、みみっ…!?」

「は〜い衛宮くんウザイ〜教育的指導」

ゴス

「オふっ!!」

わなわなと喜びに咽び泣いてるんだか混乱で震えているのか分からない俺に、遠坂の強烈なエルボーがヒットする。
遠坂さんそれマジ痛いです。
隣で撃沈する俺を特に気に留めるでもなく、遠坂はふ〜んと興味深そうにセイバーを舐めるように見つめた。
上から下まで品定めされるように見つめられ、セイバーは混乱の臨界点を突破しようとしていた。

「フンフン、なるほどねぇ良く出来てるわ。これ、やっぱり感覚もあるのかしら?」

「きゃぅっ!?」

セイバーの頭に生えている耳についと手を伸ばすと、あろう事かあの赤いあくまはその耳を引っ張りあげた!!

剛の者、剛の者がいるっ!?

「痛い痛いです凛、引っ張ったらちぎれます!!」

「ふ〜んぴくぴくしてる、やっぱり本物かぁ。これは神経レベルまで融合しちゃってるわね。凄いわ。ここまでリアルに獣耳を再現するなんて」

「遠坂遠坂そこ感心する点違う」

ぐいぐいと耳で遊び倒している遠坂とみーみーと涙するセイバー。

…アレ、この状況、もしやここがアヴァロン!?

って、イカンイカンここで俺が取り乱したら収拾がつかなくなる!!
込み上げる熱いものを無理やり押し留めると、先程から怖いくらい桜を振り返る。
この状況、もしかしなくても黒桜を呼び覚ます極上の因子なのではなかろうか。
だが振り返った先で、胸の前で掌を組みキラキラと愛らしいものを見たと言うような夢見る表情でじっと獣耳付きセイバーを見つめてる桜を見たときは、
――別の意味で背筋が凍った。


セイバー、強く生きろっ…!!

くっとこの先の展開が決定したセイバーの身を案じ、心の底から彼女の平穏を祈る。

「セ、セイバーさん可愛いですぅぅっ!!!」

この後、ボディブロ気味の桜の勢いに乗った抱擁に、セイバーがタップを鳴らすまで僅か3分。
英霊すらギブさせる桜のヘッドロック(抱擁です)に俺が戦慄を覚えたのは言うまでもないだろう…。















みーみー泣くセイバーと暴走炸裂な遠坂先輩が書きたかったんです(暴露)
あれなんか士郎くん君は大きいお友達と同列?
いやいっそここは遠き理想郷アヴァロンですよ。
凛と桜と獣耳セイバーで。
朝から豪勢ですなぁ士郎も。
…後から思ったけど、なんか、セイバーのセリフがどことなく卑猥に聞こえるのは私の頭が腐ってるからでしょうか…??






 

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