<<<BACK

 








ぜぇぜぇと心なしか顔色を青くしたセイバーが、桜の無限抱擁から逃れること10分。
過度の酸欠で、とりあえずは多少の冷静さを取り戻したセイバーに改めて一同は向かい合った。




「…で?」




「…思いやり、かつ迅速さに富んだ接続詞ですシロウ」

セイバーがどこからか取り出した白いハンカチで目頭を押さえた。

「なんだってこんなもんがセイバーの頭から生えたんだ?」

指を刺すのは流石に憚られたので、視線だけで留めておく。
セイバーの頭には、本来の用途とはかけ離れた性質と意味合いを持ってしまった獣耳。
ていうか、これなんの耳さ?
ネコ耳、というには丸すぎる。
柔らかいクリーム色をして、小さくて丸い耳。
一番似たような形を最近見た覚えがあるのだが、上手く思い出せない。

さて、あれはいつの記憶だっただろうか?

「英霊限定、よねぇ。私たちは特になんともないようだし」

人間・英霊問わずこんな得体の知れないものが生えてきたら、俺ちょっと世を儚んで自分を世界に売り渡しちゃうかも。

「そうですね、少なくとも私たちにはそういった異常は見当たりません」

異常、と聞いてセイバーの細い肩がぴくりと揺れる。

「ライダーはどうなの桜。ライダーにも何らかの影響が出ていたら、もう決定打でしょう?」

今この場にはいない騎乗のサーヴァント、ライダーの様子を伺う。

「…朝居間に来る前に声をかけましたが、ライダーの頭にこんな愛らしいものは付いてなかったと思います。声をかけたときも普通に出ましたし」

「てゆーかこれだけの騒動に顔も出さないなんてやる事が徹底してるわね、彼女」

侮りがたい冷静さだわ、と遠坂は感心したように口元に指を添えた。
多分、静観してるんじゃなくて本当に気付いてないんだと思うぞ、ライダーは。
一旦読書に入ると、周りの状況が気にならなくなる、と前に言っていた気がする。
気にならなすぎだとも思うが。
…少しくらい気にしようよ、衛宮邸がエクスカリバーで半壊されたら…。

「セイバーだけに出てる症状なのかしら。他に英霊がいないんじゃ、比較しようもないけど…」

忌々しそうに呟く遠坂に、ふと違和感を覚える。


ん?他の英霊?


「姉さん、アーチャーさんがいるじゃないですか。あの人は姉さんのサーヴァントでしょう?」

にっこりと、我ながらいい事を言ったと嬉しそうに微笑む桜に、一瞬時が凍る。

パキン、と。
絶対今音聞こえた空間歪んだよそんな爆弾発言落としちゃダメだろ桜皆わざと思い出さなかったんだから!!!

「アー、チャー?」

遠坂が不思議そうに聞き返す。
本気で存在を忘れてたのかわざと思い出さなかったのか判断に困る声音だ。
しかしいっそ全員が忘れてればいいものを…!!

「アーチャー?」

「そうですよ姉さん。アーチャーさんは姉さんに喚び出された弓兵のサーヴァントでしたよね。…違うんですか?」

ぱちくりと、大きな目を更に広げて呆けている遠坂に、桜は自分が何か間違ったことを言っただろうかと不安そうにこちらを伺った。

「…先輩、私、何か間違ったこと、言いました?」

「いや、事実だよ。アイツは遠坂に呼び出された弓兵のサーヴァントだ。それは間違っちゃいない。いないけど…」

こう、タイミングがなぁ。

「うふ。うふふふふふふふ。うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」

びくりと。

突然不気味に笑い出した遠坂に、周囲に見えない壁が出来上がる。

「うふふふあは、あははははははははははははアーチャー?」

くつくつと笑いをかみ締め、遠坂は座卓につんのめる様に背中を丸めた。

「…アーチャー」

最後にぽつりと呟くと、遠坂の両の拳は勢い良く座卓に叩き付けられた。


あ、ダメだ。


「あっはははははははアーチャーが獣耳!?耳っ??うふあははははははダメ、だめっ、っく…あははははははは想像しただけで腹が捩れるあははははは!!」


だんだんと壊れた人形のように拳をたたき付けることを繰り返す遠坂を遠巻きに見る周囲。


「耳、アーチャーに可愛らしい獣耳っ!?いっそネコ耳とかならいいのにっ!!ダメ、ダメもうダメ笑い死ぬ!!!アーチャーに耳!!キモい、キモいわっ!!!」

そらアーチャーだって自分で気持ち悪いと思うさ。
でも見てもないのにそこまで罵倒するのもどうかとおもうぞ、遠坂…。
ひっそりと心の中でアイツへの擁護をしつつ、笑い転げる遠坂を軽くスルー。
話が進まない。

「…アーチャーにも念のため確認してみるか。まぁ万が一獣耳なんて得体の知れないもんくっつけてたら問答無用でガンドだろうけど」

アーチャーの恥ずかしい姿あのすました顔で耳とか!!と、いまだ笑いの収まらない遠坂に目をやる。
遠坂の狙い通りに獣耳をつけててもキモいという理由でガンドだし、くっつけてなくても面白くないという理由でガンドだし。
どっちに転んでも撲殺か…。
自分のいつかの姿ながら憐れなことこの上ないな…。
目元を拭う真似だけして、ふと思い出す。

「そーいや、アイツどこ行ったんだ?」

今更ながらアイツの所在が不明だ。
この騒動の中で、真っ先に事態の収拾に率先して名乗りを上げそうな奴なのに。
セイバーを伺うと、ふるふると残念そうに首を振る。

「…先程から探しているのですが、アーチャーの気配はこの屋敷内には感じらません。恐らく外に出ているかと…」

「そうなのよ。さっきから呼びかけても答えないし。どこに行ってるんだか全く…」

この非常時にマスターを放り出してどこに行ったのかしらと、それはそれは優雅に髪を払う。
貴女に巻き込まれたくない一心だったと思いますよ遠坂さん。

「けど、そうなるとやっぱりアイツには生えてないって事かな、耳」

「まぁね。もし生えてたら世間体や体裁を物凄く気にする奴だし、外なんかに出向かないわよね、普通」

世間体を気にするサーヴァントっていうのもなんかシュールだな。
まぁ奴は過去の英雄じゃなくて、未来の人間なわけだし。羞恥心も人並みにあったってわけだよな。

「さて、そうするとますますセイバーの症状が不明ね。他に比較する対象がないんじゃ、解決策も見つけにくいわ。サーヴァントの風邪なんて、聞いたことないし…」

肩を竦めた遠坂に、セイバーはショックを隠しきれないように傾いだ。

「そそそそんな凛っ!?貴女は私にこのような不名誉な姿のまま生きよと言うのですかっ!?後生ですからどうか元に戻してください!!」

華奢な体を精一杯伸ばし、遠坂の肩を掴んで揺さぶる。
傍から見てると愛らしい少女が、黙ってさえいれば同じく愛らしい少女にじゃれている様にも見えなくもない。
詰め寄っている少女は、獣耳というレアオプション装備だが。
やべぇ、またアヴァロン発動か?
そんな悲嘆にくれるセイバーに、遠坂はそっと両手を差し出す。

「セイバー…」

慈愛に満ちた微笑でセイバーの両手を握り締める。

「大丈夫よセイバー。似合ってるから☆」

「それ全然フォローになってませんからぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


珍しいセイバーの怒涛の突込みが、いまだひんやりと静謐な朝の空気へと溶けていった。














大概遠坂さんも失礼な人だよね。
でも私も笑うがな、アーチャーがネコ耳くっつけてたら(酷ぇ)
散々笑いものにした挙句、嬲るように視姦して羞恥心の極みに落とすのに…。
アンタ鬼だ。
そんな究極の羞恥プレイなアーチャーってどうですか?(どうって聞かれても)









 

<<<BACK