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衛宮邸でアフタヌーンティーまで楽しんだ後、ほんわかした気分を壊したくなくてそのまま教会ではなくねぐら代わりにしているテントへと戻ったのは、 今思えば幸運値Eの自分が珍しく掴んだ、一握りの幸運だったのかもしれない。 ―――――――今思えば。 墨を溶かし込んだような暗く沈んだ海に、引いては返す波が心地よい音楽を奏でる。 テントからうっすらと透けて光る星は、遠く喧騒から離れた地ならではの特権だろう。 自分がかつて馴染み親しんだ彼の大地に比べれば、星の輝きは淡く小さなものであったが。 それでも煌く星々は、幾星霜を重ねようとも変わることなくその存在と誕生を声高に叫ぶ。 あー流れ星ーと、常人よりちょっとだけ良い視力をフル稼働させ、無駄に星の観察に勤しむ。 今日は当たり日と言う奴だったらしく、暇潰しに出向いた港で大量の魚に恵まれた。 一人で焼いて食べるには些か勿体なく、ついでだと人口率の高い衛宮邸まで足を運んだ。 途中野良猫でもいれば、普段はお目にかかれないような魚を馳走することもできたのだが生憎出歩いてはおらず、 代わりに溌剌とした大型犬が尾を振り突進してきた。 「犬に生魚はねぇ…」 深いブルーグレーと真っ白な毛皮を持った犬をひと撫ですると、また今度なと気まぐれな主人の下に返す。 出向いた衛宮邸ではちょうど昼飯時だったらしく、大量の魚を差し入れると、お礼だと家の中に招き入れられた。 結局そこで午後ティーまで馳走になり、満たされた腹と和やかな雰囲気のままこちらの寝床に戻ってきた訳だが、それは正解だったようだ。 今更あの悪の巣屈のような淀んだ空気いっぱいの教会に帰ったところで、待っているのは陰険シスターと無邪気に邪悪なチビ金ぴか。 折角久々に良い気分なのだから、好き好んで罵倒されに行くこともないだろう。 そんな悟りを開く苦行のような行為に耐えなければおうちに帰れないってどうなの、と自問自答しつつ、ごろりとだらしなく寝そべる。 うー満腹ーと昼飯に出された料理を思い出し、坊主も中々良い腕してんじゃねーかと感心する。 その後に、まるで最良のタイミングを計ってましたと言わんばかりの絶妙さで出された、アーチャーの紅茶も美味かった。 アイルランドの英雄をも唸らせる紅茶。 茶葉を提供したのはあの雪姫、イリヤスフィールだったようだが、そこは流石に美食家。 不思議な香りのする初めて飲む紅茶だった。 そしてそれを当然の如く淹れる弓兵。 侮りがたしアーチャー。ひっそりと遠い地から心の中で賞賛し、またごろりと向きを変える。 腹は美味い飯で満たされて、おやつに出された茶と焼き菓子もまた満足のいくものだった。 久々に充足した時を過ごせた。 他意なく悪意なく策謀なく。 ゆるりと穏やかな時間だけが流れていた。 なのに。 なのに何故こんなにも自分は嫌な予感に打ちひしがれているのだろう 首筋から後頭部にかけて、ぴりぴりとした悪寒がする。 胸の中はぽっかりと空洞が空いたようで、そわそわと足元が落ち着かない。 戦の前の高揚した予感ではなく、もっとどんよりとした、良くないことが起きる前兆。 ぞくぞくと寒くなる肩口を苛立ち紛れに擦ると、摩擦でそこだけがほんのりと暖かくなった。 英霊である己に寒暖など意味のないものだが、痛覚や感覚は存在するのだ。 一向に収まらない悪寒と浮つくような不安定な気に、ええいもう寝てしまえと傍らにあったタオルケットを被る。 眠ったところで状況が改善されるとは思わなかったが、一度何かが起これば肝も据わるだろうと腹を括り、そのまま夢も見ずに眠りにつく。 何かが起こる予感、そしてそれが悪ければ悪いほど自分の予感は当たるのだ、不幸なことに。 すでに自分はその悪事の予感を感じ取っていた。 そしてその予兆を感じつつ、あえて気付かない振りをすることで逃げていた。 だって真っ先に自分が気付くのって不幸じゃね? そうして延ばし延ばしにしていた前兆は、不意に目覚めた朝露滴る霧の中、自分の絶叫と共に姿を現した。 ふさふさ もっさり 「なんじゃこりゃ―――――――――――――っっ!!!!!!!」 英霊さんって、かたくなにこのセリフ守りますねぇ。 聖杯からの刷り込みでしょうか? それどんな刷り込みだよ。 |
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