開かない箱の開け方
今日も今日とて日々の雑務に追われながら、ふとその書類に目を止めたのはほんの些細な好奇心からだった。
四方を石に囲まれ、娯楽の少ない、どこか閑散としたこのロックアックスの地で、それは非常に珍しい事件であった。
しかし、
世間を騒がせているとまではいかないが、それでも無視できないところまで騒ぎが拡大しているその事件が、
まさか世事に極めて疎い、むしろ興味すらないように思われるこの堅物な友人の口から話題として昇るなどとは
思いもよらなかった。
カミューは手元の書類に目を落としながら、執務室の備え付けのソファでゆったりと茶を啜っている堅物代表兼友人、
――マイクロトフを凝視するという器用な芸当をこなしていた。
「…すまないがもう一度言ってくれるかいマイク。よく聞こえなかったんだけど」
持ったままの書類を一瞥し、もう一度友人の顔を眺める。
別段変わった様子も見られない。
…そうすると自分を驚かそうとしている訳ではないらしい。
「耳と目と顔だけが取り柄のお前が聞き逃すとは珍しいな、カミュー。歳か?」
揺れる琥珀の液体が作る波紋を眺め、マイクロトフは無表情に応える。
さらりとかなり酷い事を言われたカミューだったが、彼が気にしているのは『歳』発言だけである。
顔が良いというのを、とりたてて否定する気はないらしい。
「私と一つしか違わないのにそういうこと言うかお前…」
机に散らばっていた決裁済みの紙を集め、カミューは柳眉を顰めた。
「一つでも二つでも、結局お前の方が年上と言う事実には変わりはないぞ」
「普段年下なのを嫌がるくせに、こういう時だけ年下振るのは卑怯だと思わないかい?マイクロトフ」
造作の整った顔に、不気味に美しい微笑をのせ、カミューはあくまでも優美に微笑んだ。
他愛もない、ほとんど習慣と化してしまった些細な小競り合いに、早急に見切りをつけたのはマイクロトフだった。
そもそも、この男に口で勝とうなんて土台無理な話である。
何より卑怯という言葉を投げられるのは、たとえ冗談だとしてもあまり愉快ではない。
「なんの話だったかな、カミュー」
些か憮然として睨むと、赤い装束を纏った青年は柔らかく微笑んだ。
「お前の口から、城下を騒がしている怪盗の話が出てくるとは珍しいと言ったんだよ」
怪盗。
その言葉自体がなんだか廃れた気障な印象を受けるが、
今、まさに、ロックアックスの城下を騒がせている噂の中心人物は、――怪盗なのである。
夜盗、という言葉を用いるのは些か紳士的過ぎる。誰かを傷付けたり、何かを破壊したりという話は聞かない。
マイクロトフと違い、カミューには独自の情報ソースがある。
だからこの手の話題から、どこそこの家庭事情まで幅広く情報は入ってくる。
ロックアックスでは比較的珍しい種類の事件に、カミューはなんとなく興味を覚えていた。
しかし、その愉快犯的なと言っても過言ではないような事件を、まさかこの堅物で有名な友人の口から聞けるとは
思わなかった。
「……そんな事ひとっ言も言ってないだろうお前」
手に持っていた真白いカップを音もなく机に置くと、マイクロトフは心底嫌そうに顔を歪めた。
その表情に改めて苦笑する。
別に怒らせようとしている訳ではないのだが。
「まあ、要約するとそんな極めて感じだ」
「…俺の口から出る話題としては不適切か?」
些か剣呑な雰囲気の混じった彼の気配に、カミューはトンと書類の束を纏め苦笑した。
「いや、重大な殺傷事件でもない限り、お前がこういう城下の事件に興味を持つのが珍しくてね」
つい揶揄ってしまったんだよと言うカミューに、マイクロトフはそれこそ本当に嫌そうに眉を顰めた。
「揶揄るな」
「あははスマナイ」
「笑うな」
「じゃあ黙ろうか」
「……」
「……」
「…カミュー」
「うん?」
「……紅茶を入れ直そう」
「ああ頼むよ。今日の仕事はこれで終わりだし。ゆっくりその事について語り合おうか?」
ひらりと舞った一枚の書類を視界に入れ、マイクロトフは紅茶の葉を変える為に席を立った。
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開かない箱の開け方
ひっそりと心の中で赤青と呟きつつ、健全友情ものがたりです。
9割方設定は捏造なので、さらっと軽やかに読み流して頂けると大変嬉しく思います。
推理物とは名目上そうなだけであって、内容はむしろ薄いです(死)
本格的なものを読みたい方は、折角読書の秋なのでホームズでも金田一でも買って下さい。
個人的に京極氏を推しますが、多分アレは純粋に推理ものじゃないのでダメですか…。
妖怪だと思って読めば、きっとああ推理ものだったんだ!!と意表が付けます(もう何が何やら…)
時期としては離反前、団長になってそれなりに過ぎてます。
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