「とりあえずは無視かな」

「……おい」

事も無げに言い切ったカミューに、マイクロトフは軽く眩暈を覚える。

「大丈夫。この手の書類は一回くらい無視した所でさして影響はないよ。まあ精々誤魔化せて三・四回かな?」

いっそ清々しいまでの笑顔で、カミューは手の中の書類を弄んだ。

貴様さては前科があるなと問い詰めそうになり、――しかしマイクロトフはぐっと堪えた。

問い詰めたところで素直に口を開くとも思えないし、それに何か聞いたら聞いたで大変怖い気がする。

知らなくて良いことまで教えられそうで、気分は少し未知との遭遇。

「それまで放っておくのか?」

一瞬のうちにそこまで考え、しかしそんな事はおくびにも出さず受け答えるマイクロトフもそろそろ

カミューとの付き合いも長い。

「まあね。上から何か指示がないかぎりは」

暗にそれが来るかもしれないと言外に言い、カミューはクルクルと紙を丸めた。

「…ゴルドー様も、そこまで愚かではないと思うがな」

膝の上に作った拳を握り、マイクロトフは誰ともなしに呟く。

真白い手袋に包まれた掌が、思いの外強い力で握られている事は、

きっと本人とカミュー以外に知るものは居ないだろう。

「確かに、彼はそこまで愚かではないだろうね、まだ。しかし、白の重鎮はどうかな?」

握られた拳を眺めつつ、カミューは忌々しそうに口を開く。


嘆願を提出した商人自体には大した力はない。


しかし、その商人の後ろ盾である白の重鎮はある意味ゴルドーよりも発言力が強い。

実力主義の騎士団とは言え、やはり閉鎖的な感があるのは否めないし、貴族に力があるのもまた事実である。

ここらで商人の機嫌を取っておこうと、甘い蜜を啜る事に慣れきった老人が考える事など明白である。

彼らは、騎士団の存在意義を考える事すら放棄しているのだ。

端正な貌に、いっそ艶やかなまでの笑みを載せて、カミューは目の前にはいない老獪を嘲笑した。

「いくらゴルドー様が白を束ねる長と言っても、あの狡猾な老人どもを抑えられるとは言い難いな」

「……」

あからさまなカミューの物言いに、しかしマイクロトフは何を言うでもなく大人しく沈黙した。



「まあ、まだ何も動きがないうちにうだうだ考えるのは止めようか」


冷めてしまった紅茶に口をつけ、その渋みにカミューは表情を歪めた。

「そう、あまり深刻に受け止めなくても良いと思うけどな」

なんとなく落ちた沈黙に、マイクロトフは小さく零した。

「何、慰めてくれるの?」

からかうように呟くと、マイクロトフはそれこそきょとんと目を開いた。

「なんだお前、落ち込んでたのか?」

「…素で驚かないでくれよ、傷付くなあ」

少しだけ、しかし結構本気で項垂れているカミューに、マイクロトフは珍しいものでも見るような目を向けた。

「お前はもっと、分かり易い落ち込み方をしろ。嬉しいのか怒っているのか、判断し難い」

呆れたように言ったマイクロトフに、カミューは僅かに顔を綻ばせた。

「騎士ともろう者が、どっかの誰かさんみたいに読み易い性格してたらやっていけないだろう?」

「…悪かったな読み易い性格してて」

「おや?私は何もお前だなんて一言も言っていないだろう」

「お前みたいに嬉しいときに素直に顔に出せないでいる感情不能者よりはよほど健全だと思うがな」

「…ついに人を不能者呼ばわりかい」

流石にあまり有難くない言いように、カミューは顔を引き攣らせた。

カミューの顔の変化をさして気にもとめず、マイクロトフはさて今日の夜は何を食べようなどと考え始めた。

ふと、

小さく衣擦れの音がしたかと思うと、目の前に大きな影が落ちるのをマイクロトフは感じた。

「…不能者なんて、冗談でも年頃の男には言って欲しくないなあ(特に私に対して)」

ぎしりとソファの背に両手をつかれて、覆い被さるように秀麗な顔が目の前にくる。

猛禽のようなアメジストの瞳が、面白そうに、何かを思いついたように三日月に細くなった。

至近距離に向かい合う形に、マイクロトフはぱちぱちと数度瞬きをする。

「お前が年頃という年齢かどうかは、結構微妙な問題だな」

「……お前ね、もう少し空気を読むってこと覚えなさい」

がっくりと明らかに脱力した男の旋毛を、マイクロトフは怪訝そうに眺めた。

「?何言ってるんだお前」

「うんいやいいよもう、ああ俺は結構お前の事好きだなあと思ってね」

ぽんぽんと軽く肩を叩かれて、ますます眉を寄せるマイクロトフに、カミューは深い慈愛の瞳を向けた。

「お前はいつまでもそのままでいろよ。背中に白い羽根の見えるような、そんな子におなり…」

マイクロトフの目は、怪訝を通り越してすでに不審者を見る目つきである。

「……カミュー、とりあえず捺印済みの書類は俺が届けておいてやるから、お前はもう寝たほうが良い」

「そうだね。私は結構働き詰めだし、お前と違ってデスクワーク有能だし、折角だからご好意に甘えて休むとしよう」

一気にそこまで捲くし立てると、カミューはじゃ、と軽やかに寝台に向かって行った。

その間披露された寝巻きへの衣装替えは、匠の技のようである。


「…………」


物凄く損をした気がし、なおかつ騙されたような気がしないでもないマイクロトフは、しかし素直に書類を纏めると

退室すべく扉に向かった。


扉を閉める前におやすみーと小さくくぐもった声が聞えたので、明日も寝坊せずときちんと起きろよなどの

言葉を送り、静かに扉を閉めた。






3>>4




開かない箱の開け方






カミューさんの瞳の色は、オフィシャルでは薄茶ですが、個人的には菫色がいいです。
気分によってかわるかもしれませんが(イイ加減)
あと分かり難いと思いますが、赤さんは素になると一人称は俺です。
機嫌で変わります彼の場合(二重人格かしら)

微妙に青赤チックになっている気がしますが、建前上は友情です。
しかも私は赤青推奨です。
…ここでえばられても……。

断っておきますが、

断じて奴等はデキていません(強調)

そこはかとなく漂うほ○臭さは、も、どーにもならんってことで落ち着いてください(無茶)
…健全書いてた方がほ○臭いってどーゆーことですかいやそんな聞かれても困ります私が。